ハイライト
IMPROVE-multi試験は、高リスクの大手術患者において、術前夜間平均動脈圧(MAP)に基づく個別化された術中血圧(BP)管理が、通常管理と比較して臓器障害や死亡率の低下に寄与するかどうかを調査しました。
本研究では、45歳以上の選択的な大手術を受け、手術時間が90分以上で少なくとも1つの高リスク基準を満たす1142人の患者が登録され、1:1の割合で個別化管理群と通常管理群に無作為に割り付けられました。
主要複合アウトカム(術後7日以内の急性腎障害、急性心筋損傷、非致死的心停止、または死亡)は、個別化群で33.5%、通常群で30.5%(統計的に有意な差なし)でした。
90日後の感染症合併症や重大な有害事象などの二次アウトカムも、統計的に有意な差は見られませんでした。これは、術前夜間レベルに基づいて術中MAP目標値を調整する利点が限られていることを示唆しています。
研究背景
術中低血圧は、術後臓器障害(急性腎障害、心筋損傷、死亡率増加など)の既知のリスク要因です。現在の術中BP管理では、これらの合併症を軽減するためにMAP 65 mmHg以上の目標値が一般的に設定されています。しかし、患者は基線および夜間血圧に大きな個人差があるため、個別化されたBP目標値が臓器灌流をよりよく保ち、結果を改善できるかどうかが問題となっています。
最適な術中BP目標値に関する不確実性から、IMPROVE-multi無作為化臨床試験が設計されました。この試験では、術前自動装置で測定した各患者の平均夜間MAPに基づく個別化されたBP管理が、通常の固定MAP目標値と比較して術後有害事象を減少させるかどうかを厳密に検証しました。
研究デザイン
IMPROVE-multi試験は、2023年2月から2024年4月までドイツの15の大学病院で行われ、2024年7月までフォローアップが完了しました。対象患者は、45歳以上で選択的な大手術を受け、予定麻酔時間90分以上で少なくとも1つの高リスク基準(例:併存疾患や虚弱指標)を満たしていました。
参加者は1:1の割合で2つのグループにランダムに割り付けられました:
- 個別化BP管理群:術中および術中MAP目標値は、術前自動外来血圧モニタリングセッションで記録された患者の平均夜間MAPに基づいて設定されました。
- 通常BP管理群:術中にはMAP 65 mmHg以上の標準目標値が維持されました。
主要アウトカムは、急性腎障害、急性心筋損傷、非致死的心停止、または術後7日以内の死亡の複合体でした。22の二次アウトカムも測定され、術後90日までの腎代替療法、心筋梗塞、心停止、または死亡の必要性の複合エンドポイントなどが含まれました。
主な知見
1272人の登録患者のうち、1142人が無作為化され(各群571人)、1134人が主要解析に含まれました。中央年齢は66歳で、女性参加者は34.1%でした。
主要アウトカムは、個別化群で33.5%、通常BP群で30.5%(相対リスク1.10;95% CI, 0.93-1.30;P = .31)で、個別化管理による術後臓器障害や死亡の統計的に有意な減少は見られませんでした。
22の二次エンドポイントのいずれも、群間で統計的に有意な差は見られませんでした。例えば、7日以内の感染症合併症は、個別化群で15.9%、通常管理群で17.1%(P = .63)でした。90日以内の腎代替療法、心筋梗塞、心停止、または死亡の複合体は、個別化群で5.7%、通常群で3.5%と数値的には高い傾向がありましたが、統計的に有意ではありませんでした(P = .12)。
アウトカムの類似性は、術前夜間値に基づいて術中MAP目標値を調整しても、MAP 65 mmHg以上の通常閾値を使用するよりも高リスクの大手術患者に利益をもたらさなかったことを示唆しています。
安全性プロファイルは群間で同等であり、BP管理の変更に関連する予期せぬ有害事象は報告されていません。
専門家のコメント
IMPROVE-multi試験は、高リスク患者における大手術時の最適なBP目標値について、麻酔科医や術中ケアチームに重要な証拠を提供します。直感的には、術前夜間MAPに基づく個別化BP管理が臨床的利益をもたらすと思われましたが、この厳密な無作為化試験ではその効果は確認されませんでした。
この結果は、単純なMAP目標値だけでなく、心拍出量、組織酸素化、微小血管灌流などの要因が術中血液力学管理の複雑さに影響を与えることを強調しています。
さらに、術前外来血圧は、術中生理学的状態や麻酔・手術に対する動的な心血管反応を十分に反映していない可能性があり、静的な個別化MAP目標値の有用性を制限しています。
制限点には、単盲検デザイン、腹部手術に焦点を当てているため他の手術集団への一般化が困難、術前夜間MAPが短期間で測定されていることが挙げられます。今後の研究では、包括的な血液力学モニタリング戦略や代替個別化目標値を探索することが期待されます。
結論
術後合併症のリスクが高い患者における大手術において、術前平均夜間MAPに基づく個別化された術中血圧管理は、MAP 65 mmHg以上の目標値を設定する通常管理と比較して、術後早期の急性腎障害、心筋損傷、心停止、または死亡の発生率を低下させませんでした。
これらの結果は、大手術中の現行ガイドライン推奨のMAP目標値に従うべきであることを支持し、術中結果の向上を目指した多面的な血液力学最適化アプローチの必要性を強調しています。
資金提供と試験登録
本試験は、ドイツの大学病院でのIMPROVE-multi試験グループによって実施されました。本研究はClinicalTrials.gov(識別子:NCT05416944)に登録されています。
参考文献
1. Saugel B, Meidert AS, Brunkhorst FM, et al; IMPROVE-multi Trial Group. Individualized Perioperative Blood Pressure Management in Patients Undergoing Major Abdominal Surgery: The IMPROVE-multi Randomized Clinical Trial. JAMA. 2025 Oct 12. doi: 10.1001/jama.2025.17235.
2. Maheshwari K, Avitsian R, Sessler DI, et al. Consensus Statement on Intraoperative Blood Pressure, Risk and Outcomes for Elective Surgery. Anesthesiology. 2018;129(4):679-694.
3. Monk TG, Saini V, Weldon BC, Sigl JC. Anesthetic management and one-year mortality after noncardiac surgery. Anesth Analg. 2005;100(1):4-10.