序論
慢性副鼻腔炎(Chronic Rhinosinusitis, CRS)は、鼻腔と副鼻腔の炎症性疾患で、世界的に大きな臨床的および経済的負担をもたらしています。その頻度が高いにもかかわらず、特に性差に基づくCRSの多様性についての理解は限られています。この疾患は主に鼻ポリープを伴うCRS(CRSwNP)と鼻ポリープを伴わないCRS(CRSsNP)に分類され、それぞれ異なる病態生理学的および炎症プロファイルを持っています。
最近の研究では、性ホルモンが免疫反応に与える影響が強調されており、これがCRSの表現に影響を与える可能性があります。エストロゲンとテストステロンは炎症調整効果を持つことが知られており、生物学的性が疾患の表現、診断、およびバイオマーカープロファイルに重要な要素である可能性が示唆されています。しかし、大規模な集団でこれらの違いを直接分析した包括的な研究は少ないです。
本稿では、All of Us Research Programデータセットを使用して、CRSの診断と関連するバイオマーカーにおける性差を解明する大規模横断的研究の結果をレビューします。これらの変動を理解することは、CRS管理における個別化医療アプローチの進歩に有望です。
研究背景と意義
CRSは、鼻腔粘膜の持続的な炎症を特徴とし、鼻閉感、顔面圧迫感、生活品質の低下などの症状を引き起こすことがあります。この疾患の基礎となる免疫学的メカニズムは異なり、一部の患者では好酸球性、タイプ2炎症が見られ、他の患者では代替炎症経路が示されます。
性ホルモンが免疫調整に与える影響が記録されていることから、性別特異的違いを解明することは、疾患の頻度、表現、治療への反応の違いを説明できる可能性があります。疫学データによると、鼻ポリープを伴うCRSは男性に多く、鼻ポリープを伴わないCRSは女性、特に閉経前の女性に多いことが示されています。これらの差異の潜在的な生物学的基盤は、分子レベルでの性差を調査することの重要性を強調しています。
研究デザインと対象者
この横断的研究では、2018年5月から2023年10月にかけて、All of Us Research Programから収集された258,245人の成人参加者のデータを分析しました。参加者は、学術センター、VA施設、地域クリニックなど、多様な医療環境から募集されました。不完全なデータのある個人は除外されました。
主要な曝露として生物学的性(男性または女性)が検討され、年齢、人口統計学的特性、社会経済的地位、リスク因子、併存症などの共変量も考慮されました。主要なアウトカムとしては、電子医療記録に基づいてCRSwNPとCRSsNPに分類されたCRSの診断と、CRS関連の血清バイオマーカーが調査されました。
有意な結果が得られ、潜在的な混雑要因を制御することで、性別に基づく疾患頻度と免疫プロファイルの違いに関する洞察が提供されました。
主な結果と結論
分析では、CRSの分類における顕著な性差が明らかになりました:
- 女性は、若年層(60歳未満)と高齢層(60歳以上)の両方で、CRSsNPの発症確率が高かった(オッズ比:60歳未満は1.44 [95% CI, 1.35-1.54]、60歳以上は1.32 [95% CI, 1.23-1.40])。
- 一方、女性は、男性と比較して、年齢に関係なくCRSwNPの発症確率が低かった(オッズ比:0.63 [95% CI, 0.52-0.76])。
- バイオマーカー分析では、CRSsNPを有する女性の血清好酸球数(β, -0.35 [95% CI, -0.44 to -0.25])とIgEレベル(β, -99.73 [95% CI, -190.49 to -8.96])が有意に低かった。CRSwNPを有する患者においても同様の傾向が見られ、女性は好酸球数が低かった(β, -0.41 [95% CI, -0.80 to -0.01])。
- 年齢別分析では、60歳以上の女性におけるCRSの頻度が減少傾向にあるのに対し、若い女性では増加傾向にあることが示されました。これは、老化に伴うホルモンの影響が疾患の表現に影響を与える可能性があることを示唆しています。
回帰分析では、女性と60歳以上の年齢との間に有意な相互作用があり、CRSsNPの発症確率が低下することが確認されました(オッズ比:0.91 [95% CI, 0.84-0.99])。
専門家のコメント
これらの結果は、CRSの診断と管理において生物学的性を考慮することの重要性を強調しています。女性の血清好酸球数とIgEレベルが低いことは、女性が非タイプ2炎症に傾いている可能性を示唆しており、これにより女性におけるCRSwNPの頻度が低いことが説明できます。これは、エストロゲンの抗炎症効果が好酸球性炎症を抑制している可能性があることを反映していると考えられます。
ただし、横断的性質のため因果関係の推論には制限があります。女性が閉経期や閉経後に近づくことで、ホルモンの変化がCRSの病態生理にどのように影響するかを明らかにするためには、縦断的研究が必要です。また、EHRデータに依存していることから、誤分類バイアスの可能性がありますが、大規模で代表的なサンプルを提供しています。
性別特異的バイオマーカーを認識することは、炎症エンドタイプと生物学的性に基づいた個別化アプローチを可能にし、治療戦略の最適化につながる可能性があります。今後の研究では、ホルモンプロファイリングを統合し、治療の意味を探索することが必要です。例えば、ホルモン調整や標的生物製剤の使用などが考えられます。
結論と今後の方向性
この広範な分析は、CRSの診断と炎症性バイオマーカーにおける男性と女性の患者間の明確なパターンを強調しています。女性は特に高齢の女性において、好酸球性炎症が少ないCRSsNPに傾いていることが示唆されています。これらの洞察は、CRSにおける性差を考慮した診断と治療戦略の道を開きます。
今後の研究では、ホルモンの影響、長期的な疾患経過、炎症エンドタイプと患者の性に基づいた標的治療を探索することが必要です。これらの成果を実装することで、個別化医療を向上させ、患者の結果を改善し、CRS管理における現在のギャップを解消することができます。
資金源とClinicalTrials.gov
特定の資金源は報告されていません。本研究は、All of Us Research Programの公開データを使用しています。
参考文献
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