ハイライト(Highlights)
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MOST第3相試験では,発症3時間以内に静注血栓溶解療法を受けた急性虚血性脳卒中患者において,静注アルガトロバンまたはエプチフィバチドの補助的併用は機能予後の改善を示さなかった。
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両補助薬は,症候性頭蓋内出血の増加を伴うことなく,90日死亡率の上昇と関連していた。
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血管内治療(機械的血栓回収術)を受けたサブグループ解析においても,補助的アルガトロバンまたはエプチフィバチドによる再灌流率や臨床転帰の改善は認められなかった。
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これらの結果から,急性虚血性脳卒中の静注血栓溶解療法に対して,本補助療法を routine で追加すべきではないことが示唆され,代替戦略の必要性が強調される。
背景(Background)
急性虚血性脳卒中(AIS)は,世界的に成人の障害および死亡の主要原因である。症状発現後3〜4.5時間以内に投与される組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)やテネクテプラーゼによる静注血栓溶解療法は,再灌流治療の中心的役割を担っている。しかし,適時治療にもかかわらず,不完全な再灌流や再閉塞がしばしば生じ,後遺障害の要因となる。
血小板凝集や凝固経路を標的とする補助的薬剤(アルガトロバン:直接トロンビン阻害薬,エプチフィバチド:GPIIb/IIIa受容体拮抗薬)は,血栓溶解の増強や再閉塞予防の可能性が初期研究で示唆されていた。しかし,AISにおける静注血栓溶解療法および機械的血栓回収術との併用における追加効果と安全性は明確ではなかった。
主要内容(Key Content)
エビデンスの時系列的進展
初期の小規模試験では,アルガトロバンとrt-PAの併用が安全である可能性(Artss-2試験)や,症候性出血の増加なく良好な転帰の確率が高まる可能性が示された(Stroke, 2017)。
同様に,CLEAR試験では,低用量rt-PAとエプチフィバチド併用の安全性が確認されたものの,有効性の優位性は明確でなかった(Stroke, 2008)。
これらの知見を踏まえ,より大規模な試験が計画された。
MOST第3相無作為化試験(2024–2025)からのエビデンス
MOST(Multi-Arm Optimization of Stroke Thrombolysis)試験は,全米57施設で514例を対象とした,多施設・適応的・単盲検・第3相臨床試験であった。患者は発症3時間以内に静注血栓溶解療法を受け,その開始後75分以内にアルガトロバン,エプチフィバチド,またはプラセボに無作為割り付けされた。
主要評価項目は,臨床的有用性で重み付けした90日修正Rankinスケール(uwmRS)で,高値ほど良好な転帰を示す指標である。
安全性アウトカムとしては,36時間以内の症候性頭蓋内出血が主に評価された。
主な結果(Main Findings)
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90日uwmRSの平均値:プラセボ 6.8,エプチフィバチド 6.3,アルガトロバン 5.2
→ いずれもプラセボが有利という強い事後確率。 -
症候性頭蓋内出血:プラセボ 2%,エプチフィバチド 3%,アルガトロバン 4%
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90日死亡率:プラセボ 8%,エプチフィバチド 12%,アルガトロバン 24%
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血栓回収術を受けた患者(全体の44%)では,再灌流率(TICIスコア),機能予後ともに補助薬による改善なし。
サブグループ解析および二次評価項目
血栓回収術なしで静注血栓溶解療法のみを受けた「IVT-only」患者群でも,補助的アルガトロバン・エプチフィバチドのいずれも機能予後の改善を示さず,死亡率は上昇した。いずれのサブグループでも有益性は認められなかった。
さらに,局所および中央判定によるmRS評価の一致度が検討され,高い整合性が確認され,本試験結果の確実性が裏付けられた。
歴史的・機序的背景との比較
アルガトロバンは直接トロンビン阻害を介して抗凝固作用を示し,エプチフィバチドはGPIIb/IIIa受容体遮断により血小板凝集を抑制する。これらは理論的には血栓溶解の促進や再閉塞の予防を期待できるが,MOST試験の大規模データでは臨床的有効性は否定され,特に死亡率の増加という安全性懸念が浮き彫りとなった。
初期の小規模試験では対象患者や用量が異なり,本試験との不一致の理由となり得る。
専門家コメント(Expert Commentary)
MOST試験は,発症3時間以内のAISにおける静注血栓溶解療法へのアルガトロバンおよびエプチフィバチド併用使用に対し,ルーチン追加を支持しないClass IIレベルのエビデンスを提供する。
死亡率上昇の可能性としては,
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全身性出血(頭蓋内出血は増加せず),
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予期せぬ副作用,
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未解明の患者選択因子
などが考えられる。
血栓回収術施行患者でも,再灌流成功率や機能予後への効果が見られなかったことから,システム性抗凝固・抗血小板作用が機械的血栓除去の成績を改善しないことが示唆される。
試験の限界としては,アルガトロバン群の症例数が相対的に少ない点や脳卒中重症度・治療時間のばらつきが挙げられるが,多施設デザイン,適応的無作為化,盲検中央判定などにより結果の信頼性は高い。
現在の急性脳卒中治療ガイドライン(AHA/ASA)では,静注血栓溶解療法への抗凝固薬・GPIIb/IIIa阻害薬のroutine併用は推奨されておらず,MOSTはこれを強く支持する臨床データを提供した。
結論(Conclusion)
MOST試験は,発症3時間以内に静注血栓溶解療法を受ける急性虚血性脳卒中患者にアルガトロバンまたはエプチフィバチドを追加投与しても,機能予後を改善せず,むしろ死亡率が増加することを明確に示した。また,血栓回収術施行患者においても有益性は認められなかった。
これらの結果は,現行の再灌流プロトコールにこれらの補助薬を組み込むことを抑制し,今後の研究では,血栓溶解不適応例や新規治療標的,病態生理に基づく個別化アプローチの開発が求められる。







参考文献
- Adeoye O, Broderick J, Derdeyn CP, et al. Adjunctive Intravenous Argatroban or Eptifibatide for Ischemic Stroke. N Engl J Med. 2024;391(9):810-820. doi:10.1056/NEJMoa2314779 IF: 78.5 Q1 . PMID: 39231343 IF: 78.5 Q1 .
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- Roy A, Elm J, Ingles JR, et al. Thrombolysis Alone vs With Argatroban or Eptifibatide: A Prespecified Subgroup Analysis of the MOST Trial. Neurology. 2025;105(9):e214228. doi:10.1212/WNL.0000000000214228 IF: 8.5 Q1 . PMID: 41071964 IF: 8.5 Q1 .
- Broderick JP, Probasco JC, Castonguay AC. Emerging adjunctive therapies to intravenous thrombolysis for acute ischemic stroke: challenges and opportunities. Stroke. 2024;55(1):e10-e20. doi:10.1161/STROKEAHA.123.034567 .

