ハイライト
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PREVENT-TAHA8 は、初回のST上昇型心筋梗塞(STEMI)発症後 3〜7 日の時点で左室駆出率(LVEF)<40% の患者に対し、冠動脈内へ同種 Wharton’s jelly 由来間葉系幹細胞(WJ-MSCs)を投与する治療を検証した第III相ランダム化試験である。
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WJ-MSCs は心不全の発症率を有意に低減(HR 0.43;95% CI 0.21–0.89;P=0.024)、心不全再入院を抑制(HR 0.22;95% CI 0.06–0.74;P=0.015)し、6 か月後の LVEF を改善した(調整平均差 ≈ +5.9%)。
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全死亡、心血管死亡、再発心筋梗塞による再入院については統計学的な有意差はみられなかった。
背景と未解決の臨床ニーズ
急性心筋梗塞(AMI)は依然として主要な死亡原因であり、慢性心不全(HF)に至る最も重要な前駆状態である。再灌流療法や二次予防薬によって治療が大きく進歩した現在でも、大規模梗塞を起こした患者の相当数が、左室リモデリングの悪化を経て心不全に進展する。
梗塞領域の拡大を抑え、心筋の生存性を保持し、梗塞後のリモデリング過程を好ましい方向へ変える治療は、心不全発症や関連する罹患率を大幅に減少させる可能性を持つ。
細胞治療、特に間葉系幹細胞/ストローマ細胞(MSCs)は、パラクライン作用、免疫調節、血管新生促進、抗線維化作用など多面的な機序により期待されてきた。これまでの急性/慢性虚血性心疾患に対する細胞治療試験では結果が一貫しないが、早期試験では LVEF や梗塞サイズ改善などの代替指標の改善が示され、大規模試験では混合〜中立的な結果が報告されている。
PREVENT-TAHA8 試験は、初回の大規模 STEMI 後に Wharton’s jelly 由来の同種 MSC を冠動脈内投与することで、心不全への進展を予防できるかを検証した。
研究デザイン
PREVENT-TAHA8 はイラン・シーラーズの 3 つの三次医療施設で実施された第III相ランダム化臨床試験である。主なデザインは以下の通り:
● 対象患者
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初回 STEMI
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左室駆出率(LVEF)<40% の成人
● 無作為化
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標準治療のみ(対照群)
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冠動脈内 WJ-MSC 投与 + 標準治療(介入群)
→ 1 : 2 の比で割付
● 介入
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発症後 3〜7 日以内に同種 Wharton’s jelly 由来 MSC を冠動脈内投与
● 主要評価項目
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フォローアップ期間中の 心不全発症率
● 副次評価項目
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心不全再入院
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全死亡
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心血管死亡
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心筋梗塞再入院
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6 か月後の LVEF 変化量
● 追跡期間
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中央値 33.2 か月
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最終解析対象:396名(介入群 136名、対照群 260名)
主な結果
● 主要アウトカム:心不全発症率
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WJ-MSC 群:2.77/100人年
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対照群:6.48/100人年
HR 0.43(95% CI 0.21–0.89;P=0.024)
→ 心不全発症リスクを 約 57% 減少。
● 副次アウトカム
■ 心不全再入院
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0.92 vs 4.20/100人年
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HR 0.22(95% CI 0.06–0.74;P=0.015)
→ 大幅な再入院リスクの低減
■ 主要心血管イベント複合
(心血管死亡/心筋梗塞再入院/心不全再入院)
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2.80 vs 7.16/100人年
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HR 0.39(95% CI 0.19–0.82;P=0.012)
■ 心筋梗塞再入院
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数値的には MSC 群で低いが有意差なし
HR 0.40(95% CI 0.14–1.19;P=0.10)
■ 全死亡
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HR 1.10(P=0.86)
→ 増悪シグナルなし
■ 心血管死亡
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HR 0.68(P=0.57)
● 左室機能(LVEF)
6か月後の LVEF 改善度は介入群で有意に大きかった:
調整差 5.88%ポイント(95% CI 4.00–7.76;P<0.001)
臨床的にも意味のある改善であり、心不全発症/再入院リスク低減と整合する。
● 安全性
WJ-MSC による死亡率増加のシグナルは認められなかった。
周術期の合併症、冠動脈内反応、免疫反応などの詳細な安全性評価は完全報告で確認が必要だが、本試験の範囲では概ね安全と考えられる。
解釈と機序的妥当性
WJ-MSC による
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心不全発症抑制
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心不全再入院の減少
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LVEF 改善
という一貫した結果は、梗塞後リモデリングを有利に変化させる生物学的作用(抗炎症・免疫調節・血管新生促進・抗線維化・冬眠心筋サポート)が関与している可能性を支持する。
Wharton’s jelly 由来 MSC は
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同種投与可能
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免疫原性が低い
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強力なパラクライン活性
という点で治療製剤として魅力的であり、冠動脈内投与により梗塞関連血管・微小循環に高効率で到達する。
研究の強み
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第III相ランダム化デザイン
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メジャーかつ臨床的に関連の深い主要エンドポイント(心不全発症)
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追跡期間が比較的長く(中央値 33 か月)、症例数も細胞治療試験としては大規模
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LVEF の客観的改善という明確な生理学的効果
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同種・即時使用可能な MSC 製剤の使用(標準化・量産化の可能性)
限界と考慮点
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対照群は「偽冠動脈内投与」を受けておらず、ブラインド化されていない点
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イラン 1 国/3 施設のデータであり、他地域への適用には慎重な検証が必要
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長期安全性(心律異常・免疫感作・腫瘍形成など)にはさらなる追跡が必要
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適切な細胞量、投与タイミング、投与経路、既存標準治療との併用最適化など、依然として未解決の課題が多い
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過去の MSC 試験は結果が多様であり、本試験を独立に再現する研究が必須
臨床実装と研究への示唆
PREVENT-TAHA8 は、STEMI 後の同種 MSC 冠動脈内投与が心不全発症を減少させた最も直接的なエビデンスを提供する試験である。
もし今後、国際多施設・偽対照デザインの試験で再現されれば、
WJ-MSC 療法は LVEF <40% の高リスク STEMI 患者における慢性心不全予防戦略として、標準治療に追加される可能性がある。
今後の重点課題:
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国際共同での検証試験
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製造/品質管理の標準化
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投与タイミング・用量・患者選択を明確化する研究
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コスト効果・医療提供体制の評価
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応答予測バイオマーカーの探索
結論
PREVENT-TAHA8 によれば、初回 STEMI 後 LVEF <40% の患者における早期冠動脈内 WJ-MSC 投与は、
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心不全発症の抑制
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心不全再入院の減少
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LVEF の改善
をもたらし、標準治療に対する有望な補完戦略となり得る。この結果は心筋梗塞後の慢性心不全進行を防ぐ新たな治療選択肢の可能性を示すものであり、さらなる検証試験と機序研究が望まれる。
試験登録と資金
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ClinicalTrials.gov:NCT05043610
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資金提供・開示情報:
Attar A, Mirhosseini SA, Mathur A, et al. BMJ. 2025;391:e083382 に詳述。
Reference:
1. Attar A, Mirhosseini SA, Mathur A, Dowlut S, Monabati A, Kasaei M, Abtahi F, Kiwan Y, Vosough M, Azarpira N. Prevention of acute myocardial infarction induced heart failure by intracoronary infusion of mesenchymal stem cells: phase 3 randomised clinical trial (PREVENT-TAHA8). BMJ. 2025 Oct 29;391:e083382. doi: 10.1136/bmj-2024-083382 . PMID: 41224473 ; PMCID: PMC12570275 .
2. Ibanez B, James S, Agewall S, Antunes MJ, Bucciarelli-Ducci C, Bueno H, Caforio ALP, Crea F, Goudevenos JA, Halvorsen S, et al. 2017 ESC Guidelines for the management of acute myocardial infarction in patients presenting with ST-segment elevation. Eur Heart J. 2018;39(2):119-177. (Guideline document)
3. Bozkurt B, Knudsen K, Desai AS, et al. 2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure. Circulation. 2022;145:e895–e1032. (Guideline document)

