序論
心拍出量低下型心不全(HFrEF)は、慢性炎症と神経ホルモン活性化を特徴とする重要な臨床課題です。特にナトリウム-グルコース共輸送体2阻害薬(SGLT2i)の登場により、HFrEFの管理戦略が大きく変化しました。これらの薬剤は心血管アウトカムの改善をもたらしていますが、赤血球増多症などの血液学的な副作用に対する懸念もあります。
研究背景と疾患負荷
赤血球増多症は、男性ではヘモグロビンレベルが16.5 g/dL以上、女性では16.0 g/dL以上となる状態で、慢性低酸素症や薬物療法などさまざまな状況で二次的に発生します。SGLT2阻害薬はヘモグロビンとヘマトクリット値を上昇させることが知られており、赤血球増多症の傾向があるとされています。血栓塞栓症リスクの増加の可能性から、特にHFrEF患者においてこの関連性を研究することが緊急の課題となっています。本研究の目的は、SGLT2阻害薬を用いたHFrEF患者における赤血球増多症の発生率と血栓塞栓症イベントとの関連を全国規模のレジストリベースコホート研究で調査することでした。
研究デザイン
本研究は、新規発症HFrEFと診断され、SGLT2阻害薬治療を開始した3,138人の患者と、プロペンシティスコアに基づいてマッチングされた未治療対照群3,138人を対象とした全国規模のコホート分析でした。主要評価項目には、基線時と6ヶ月治療後のヘモグロビン値の測定、ポアソン回帰モデルを使用した赤血球増多症の発生率の評価が含まれました。また、コックス比例ハザードモデルを用いて、SGLT2i治療状態による層別化を行い、1年間の追跡期間中に心筋梗塞、脳卒中、肺塞栓症、深部静脈血栓症などの血栓塞栓症イベントとの関連を評価しました。
主な結果
結果は、6ヶ月の追跡期間中に207人(3.3%)が赤血球増多症を発症したことを示しました。特に、SGLT2i治療群では1,000人年あたり109.5件の発症が報告され、対照群では1,000人年あたり26.8件でした。混雑因子を調整後、本研究では発生率比(IRR)が4.10(95% CI: 2.95-5.83)となり、治療群でのリスク増加が明確に示されました。
一方、赤血球増多症と1年間の血栓塞栓症イベントのリスクとの間に有意な関連は認められませんでした。全体コホートのハザード比は0.85(95% CI: 0.44-1.65)で、SGLT2i治療群(HR: 0.81; 95% CI: 0.38-1.74)と未治療群(HR: 0.75; 95% CI: 0.19-3.05)でも有意差は見られず、交互作用P値0.77は各群間の一貫性を示していました。
専門家のコメント
本研究の複雑さは、臨床実践においていくつかの重要なポイントを提起しています。SGLT2阻害薬は安全性が高くありますが、特に赤血球増多症などの血液学的変化に対する注意が必要です。治療群での発生率の増加は定期的なモニタリングを必要としますが、本研究は血栓塞栓症リスクの増加がないことから安心感を与えています。さらに、SGLT2阻害薬療法における赤血球増多症の生物学的メカニズムを理解するためのさらなる研究が必要です。また、医療提供者にモニタリングパラメータに関するガイドラインを提供することで、特にHFrEF患者のようなハイリスク集団の患者アウトカムを最適化することができます。
結論
SGLT2阻害薬を用いたHFrEF患者における赤血球増多症の発生率の増加は、これらの治療法に関連する特殊な血液学的反応を反映しています。重要的是、この変化は1年以内に血栓塞栓症リスクを高めないことを示しており、赤血球増多症の監視が必要であるものの、それだけがSGLT2阻害薬の臨床使用を阻むべきではないことを示唆しています。ただし、本研究は赤血球増多症の長期影響や心不全治療の相互作用に関する重要な研究ギャップを強調しており、異なる集団でこれらの知見を検証する継続的な研究が必要です。
参考文献
1. Mohamed AA, Andersen CF, Christensen DM, et al. Erythrocytosis incidence and thromboembolic risk in heart failure with reduced ejection fraction treated with SGLT2 inhibitors: a nationwide register-based cohort study. Cardiovasc Diabetol. 2025;24(1):314. doi:10.1186/s12933-025-02871-w.
2. [SGLT2阻害薬と血液学的効果に関する追加文献]