研究背景と疾患負担
高血圧は依然として重要な公衆衛生課題であり、世界中で死亡率と病態率の増加に寄与しています。日本では、成人の高血圧の有病率が著しく高く、約43%の成人が高血圧に罹患していると推定されています。高血圧の増加傾向は、食事、運動不足、肥満や糖尿病などの代謝障害といった生活習慣要因と密接に関連しています。代謝障害が高血圧の病態発生において確立された役割を考えると、高血圧リスクを予測する信頼性のあるバイオマーカーを特定することは、公衆衛生介入や臨床管理にとって重要です。
トリグリセライド-グルコース (TyG) 指数は、トリグリセライドとグルコースレベルから導き出される単純な複合マーカーで、近年注目を集めています。研究では、この指数がインスリン抵抗性や心血管リスクの代替マーカーとして機能する可能性があると示唆されています。本研究では、日本人の集団を対象とした観察研究を通じて、TyG 指数と高血圧発症との関連性を明確化することを目指しました。
研究デザイン
本研究では、長崎県伊岐市の住民から収集された年間健康診断データを用いて、後方視的コホートデザインを採用しました。対象者は、20歳以上の高血圧のない2,600人で構成されていました。参加者は、空腹時トリグリセライドとグルコースレベルの評価を行い、TyG 指数を計算しました。TyG 指数は、性別に基づくカットオフ値により4分位に分類されました:
– 男性:1分位(<8.08)、2分位(8.09-8.43)、3分位(8.44-8.84)、4分位(≥8.85)
– 女性:1分位(<7.89)、2分位(7.9-8.22)、3分位(8.23-8.54)、4分位(≥8.55)
主な評価項目は、平均4.96年のフォローアップ期間中に実施された健康診断を通じて決定された高血圧の発症率でした。研究は倫理ガイドラインに従い、参加者の機密性を維持しました。
主要な知見
2,600人の参加者の中で、フォローアップ期間中に789人が高血圧を発症しました。データは、TyG 指数の4分位が上昇するにつれて高血圧の年間発症率が明確な傾向を示すことを示しました。具体的な知見は以下の通りです:
– 男性:
– 1分位:4.79%
– 2分位:6.25%
– 3分位:7.72%
– 4分位:9.31%
– 女性:
– 1分位:3.65%
– 2分位:5.36%
– 3分位:5.55%
– 4分位:6.96%
潜在的な混在因子を調整するためにコックス比例ハザードモデルを使用し、男性のハザード比は以下の通りでした:
– 2分位:1.39(95% CI 0.99-1.93)
– 3分位:1.44(95% CI 1.03-2.01)
– 4分位:1.79(95% CI 1.27-2.52)(傾向のP = 0.001)
一方、女性では有意な関連性は見られず、ハザード比は以下の通りでした:
– 2分位:1.02(95% CI 0.74-1.40)
– 3分位:1.04(95% CI 0.75-1.41)
– 4分位:1.02(95% CI 0.74-1.42)(傾向のP = 0.882)
これらの結果は、日本人男性において、TyG 指数の上昇と高血圧発症との間に有意な相関関係があることを示しており、この指数がこの人口集団における心血管リスクの予測マーカーである可能性を示唆しています。
専門家のコメント
石田らの知見は、特に男性における心血管リスク評価におけるTyG 指数の役割を強調しています。男性コホートでの関連性は堅固ですが、女性での同様の知見が得られなかったことから、性差によるインスリン抵抗性や高血圧リスクの生物学的な違いについての疑問が提起されます。研究の潜在的な制限点には、観察研究であることによる因果関係の推論の困難さや、生活習慣要因や食生活の詳細が完全に制御されなかった可能性があります。今後の大規模な前向き研究が必要であり、これらの知見を検証し、TyG 指数と高血圧の関連性を基礎づけるメカニズムを探索する必要があります。
さらに、世界的な肥満の流行と代謝障害の有病率の増加を考慮すると、心血管リスクの評価にTyG 指数を組み込むことを検討すべきです。
結論
本研究は、日本人男性におけるトリグリセライド-グルコース指数と高血圧発症との間に有意な関連性があることを強調し、心血管健康の予測マーカーとしての可能性を示しています。今後、多様な人口集団や性別間でのこれらの関連性を検討するさらなる研究が必要であり、高血圧発症を効果的に減少させるための予防戦略や個別化した介入策の強化に寄与します。
参考文献
石田S, 新原Y, 酒匂T, 勝木S, 川野K, 上野T, 真木K, 野原C, 藤井T, 阿部M, 川添M, 前田T, 吉村C, 田adaK, 高橋K, 伊藤K, 安野T, 向原S, 正田K, 荒井H. トリグリセライド-グルコース指数と高血圧発症、日本人集団を対象とした後方視的観察研究. J Hypertens. 2025年9月1日;43(9):1554-1560. doi: 10.1097/HJH.0000000000004087. Epub 2025年6月27日. PMID: 40586243.